『水風船遊び』

 なあ、なんで蝉はあんなに必死なんだと思う?
 必死って何だろうな。
 あー……、そういうの苦手分野。定義するならぁ、必ず死ぬこと?
 じゃあなんでも必死なんだわ。抱腹絶倒必至の話題。草生える。
 むかつくわー、こいつ。

 

『水風船遊び』
(田中と吉田)

 

「一億二千万の必死な生命がこん中で死ぬ予定だったんだ」
「うわあ、いとキモし。死ね」
「うるせえ文系。生命に感謝しろ」

 十二月に使い損ねたコンドームで水風船を作ってる人間がひでえことを言ったもんだ。っていうか精子って生命って言うほど生命なの? なんて。
 ボール遊び禁止で遊具もない。あるのは冬場に凍る水道と雑草だらけの砂場くらいで、もう誰も遊ばなくなったクソの極みみたいな公園、野郎二人で遊んでるのが既に終わってる。田中はぜんぜん気にした様子もないが夏休み期間中だ。これで小学生でも来たらマジでババア共に怒られるなとか考えたり、しなくもなかった。やべーフシダラなコーコーセー。まあこんなとこか。

「一億二千万を蹴落として俺たちが生きてるってマジセーメーのシンピって感じあるわ」
「多いと五億になります。五億を蹴り落して生きる俺たち」
「おお、田中が理系っぽい」
「ばかにしてない? してるだろ」

 してないしてない。少なくとも俺は田中の脳みそが羨ましい。なんで化学なんて取っちまったのか。まあ、田中も世界史取ってるから人のこと言えねえ。文理選択とは何だったのかとかもーそんなんどうでもいい。こいつの脳みそで俺は赤点回避、俺の脳みそでこいつは赤点回避。利害の一致。完璧な図式だ。理系のこいつからしたらちげえかもしれねえが。完璧の定義から決めようとか言いだしそう。うわ、それはそれで見てみたいな。
 パンパンに膨れ上がった水入りコンドームの口を縛ってボヨボヨ遊ぶ俺たちがよもや夏期講習帰りの普通の男子高校生だとはだれも思うまい。いや、フツーの男子高校生だからこういうことやって遊んでんですけどね。ともかくこういう馬鹿な時間は嫌いじゃない。

「なんかおもしろいことねえかな。さすがに水風船飽きたわ」
「水風船で楽しいのって小学校くらいまでだろ」
「いやけどこの耐久力、俺はなかなか評価するぜ」

 ああそう、としか言いようがねえ。
 こういう馬鹿な時間は嫌いじゃないとか考えた瞬間に田中が飽きていた。もう知らね。絶交だ。俺が勝手に考えてるだけだけど。0.2秒で瓦解する絶交。嫌いじゃない。
 田中は余ったコンドームをスッカスカの学生カバンに入れていた。夏期講習中で唯一助かるのはこの軽い鞄だわ。そういやこいつ学校にゴムの箱持ってきてたのか。だいぶやばいな。

「ゴム遊びは飽きたかね、田中くんよ」
「飽きたね。吉田くんよ。エ? ナニ? 唐突なロールプレイ」

 困惑する田中を傍にブヨブヨの水風船を頬につける。水が冷たくて気持ちがいい。コウジョリョーゾクに反してる気がする。どうでもいいけど公序良俗って略称らしい。大人が考える略称も原型とどめてねえんだから「りょ」だの「パリピ」なんかも許してほしい限りだね。だからなんやねん。

「ところで田中、俺のケツの中で死んだ生命は三億六千万から十五億に計上されるわけだけど」
「うっわ、そーゆーこと言っちゃいます? おまえのチンコが可愛そうな話もしとく?」
「うわあ、いとデリカシーのなきこと。シネ。俺はクリスマスにえろいね-ちゃんとヤりましたぁ」
「家に帰ったら財布が空になってたやつな」

 いや正確には俺のケツに入ったコンドームの中で死んだ生命だわ。とかちょっと理系っぽい考え方だろうか。いや知らね、なんで田中の精子でこんな正確さを求めなきゃならんのだ。だいぶキモイな。キモいわ。
 コンドーム水風船の口を開いて中に入った水を頭から浴びた。半ば事故的に口の中に入り込んできた水道水は普通に不味かった。ただし田中のチンコはちょっぴり膨らんだ。なんだこいつ、気持ち悪いな。
 
 そんなこんなで田中は今日も俺の家に上がり込む。麦茶の入ったグラスとか開きっぱなしのノートもない。テスト期間中の気の迷いでもなく、ただ暇つぶしにセックスするために。
 フクジョーシってほんとにあると思う? あるわけねえけどさ、もしネッチューショーで突っ込んだまま倒れたら、俺とおまえは恋人同士だと思われたりするのかな、なんて、馬鹿みたいな希望的観測だ。田中は恋を知らない。