KQバレンタイン

(異国風少年院の美少年たち/バレンタイン話/うみさんとの共同創作)

 

「St.Valentine day.」

 唐突に口を開いたクイーンに、キングはこれと言った反応も見せないまま「無理だよ」と言った。
 なにが無理なのかいまいち見当がつかなくて、背中合わせに互いを背もたれにして、だらだらとくたびれた雑誌を読み続ける二人へと視線を移す。(今日はキングがじゃんけんに負けたから、最新刊はクイーンの手元にあって、キングは先月号を読んでいた)

「〈クイーン〉のぼくに贈り物。なにか、ないの。そう、例えばねえ……食堂のメニュー一品でもサ、」
「イヤだね。今日は『じゃがバター』の日だ。どうせ、それを盗る気なんだろ、クイーン。」
「盗るなんて。おまえの、僕への愛の話をしているんだよ。『王様』が、その妻である『女王様』に。それも愛の日であるバレンタインに、ものを送らないなんてあるわけがないものねェ?」

 そう言ってクイーンは背を反らしてキングに体重をかける。要はバレンタイン・デイにかこつけた、夕食のじゃがバターの話らしかった。ものは地の底に至るまで不味い食堂のご飯に於いて、『じゃがバター』は外が平和だろうが戦火に巻き込まれていようが(もしかしたらバターがない日もあるかもしれないけれども、)時代が移ろおうが、たいして味の変わらないもののひとつだ。パサパサとしっとりとのバランスを備えた、外れのない安定の味。

「食い物なら、女から男にやるんだよ。男から女に贈るのは花だ。」
「ハァ? ナニソレ、聞いた事もないね。どこの話してんの?」
「東の海を越えてもっと東に行った処。」
「それって、要は西? あぁ、世界地図なんて俺は読めない……じゃなくて、そんな国の話、ぼくは知らないし。だから、そういうのは無しだよ、キング。」
 口をとんがらせて恨めしそうにキングを(つまりは少しだけ首を捻って自分の後ろを)睨んだ。
 心を豊かにするとかなんとかで飾られている花は当然大人たちが「取っていい」というわけもないし、キングが適当な逃げ方をぱっと思いつくのはそれくらいの文句だったんだろう。運動場に雑草の花が生えていないこともないんだけれども、クイーンがそれで満足するわけもないし、(花を贈るのは正式な流儀なのに、文句を云うってわかりきっているのがクイーンの性格から察することが出来てしまう。花ならばきっと彼は美しい薔薇しかゆるしはしないのだ)そもそもキングがそんな無駄な事をするわけがないから、つまりは自分のじゃがバターを守るためのせめてもの反撃だったんだろう。(たぶんクイーンからじゃがバターを逆に奪ってやる、なんて計算はしていない)

「ねえ、じゃがバター」

 失敗に終わっていたけれども。
 もう一度クイーンが口を開いた。こんどはバレンタイン・デイなんて出さずに素直にじゃがバターの話だった。

「イヤだね」

 キングは秒を置かず流れるように、眉ひとつ動かさずに応えた。無視すればいいのに、キングはなんだかんだいってちゃんと反応を返すから優しいと思う(クイーンがエースを高確率で無視しているからそんなふうに思うのかもしれないけれども)。優しいからって譲歩してくれるのかはべつの話なのだけれども、それをわかっていてクイーンは絡む。
 呼んでいた先月号の雑誌を閉じて、キングは投げ出していた脚をひっこめた。キングを背もたれにしていたクイーンがべしゃりと床に後頭部を打ち付けて、端整な顔をゆがめながら涙目になっていた。
 床に手をついて床に倒れこんだクイーンの顔を上から覗き込む。キングとクイーンはお互いに顔をあわせて放していることの方が少ないと思えるくらいなので、今みたいなタイミングでこうやって顔を突き合わせるってことは、キングが本格的に反撃しようっていう事なのかもしれないと、内心でドキドキする。あまり見ているのがばれても後々いじられて恥ずかしいので、先々月号の雑誌に顔を半分うずめて、こっそりと見た。
 キングが端整な声でクイーンを呼ぶ。(ほら、やっぱりね)予想が当たってすこしだけ面白かった。クイーンは「ナニ、」と短く返した。

「そんなに欲しいの? 王から女王への愛の証、」
「政略結婚が愛に縁るものかは別としてね。」

 ほしいよ、と看守のおとなたちを惑わせてきたらしい笑みで応えた。キングに通用しないことをわかっててやるのが滑稽だ。
 ここに居る誰よりも強くきらめく金糸と言うに相応しい金の髪がクイーンのかたちのいい貌にかかった。それにくすっぐったそうにクイーンは瞳を細める。なにをする気だといいたげに顰められたクイーンの顔に対してキングは至極いつも通り穏やかで、それがさらにクイーンの眉間に刻まれた皺を深くしていた。
 少年が少年の顔を覗き込むだなんて、まるで絵画か何かのようだな、あいにくとここは世にだすとおそろしいものを、ぎゅうぎゅうになるまでつめこんで隠すための檻の中、なのだけれども。場所さえのぞけば完璧とも言えるふたりの構図に、なおさらここが牢屋のなかであることが面白く思えて、雑誌で隠したくちもとは気味がわるいくらいつりあがっていた。
 キングの青い瞳が閉じられて、クイーンの額にくちびるがおしつけられた。額に口付けを落とされて、クイーンの眉間から皺が薄らぐ。キングは床についていた片手をクイーンの頬に触れさせた。微笑むキングに対して(眉間の皺は薄らいだといえど)クイーンは不機嫌そうに上から覗き込むキングの顔を見つめる。イタズラが成功したみたいにキングはまた笑った。

 何分かそうして二人が見詰め合っていると、クイーンがキングの名前を呼んだ。「キング、」ではなくて、誰も呼ばない本名の方。それから、「これで納得したと思わないでよ」と。バレンタイン攻防の続きらしかった。ぺろりとクイーンが舌なめずりをする。紅くてらてらと光る唇は、彼が男を誘うときにキスをねだる前の仕草だった。キングはちょっとだけびっくりしたみたいな顔をして数秒かたまって、それからクイーンの唇にキスを落とした。ニ、三度ついばんで、二人の唇が開いたのが二人とすこし距離を置いているここからでもわかった。「はぁ」とクイーンの息が漏れる音がして、それから舌の絡み合う音がした。
 正面から向き合っているわけではなく、倒れたクイーンの顔を上からキングが覗き込むようにしてキスをしているので、唇が互い違いになるよいうに合わさっている。クイーンが下にいるから、口を離したときには重力にしたがって糸を引く唾液がクイーンの小さく開いたまま口に注ぎ込まれているようでいやらしい。
 こりゃエースには見せられないな、と思いながら、自分もニヶ月前に発刊されて、くたくたになるまで読み込まれた雑誌に視線を戻した。

 

 その日の夜、キングのじゃがバターは結局半分はクイーンの皿にこっそりと乗せられていた。