『世界への宣誓』
(Days in the past)
「ゆすら」だから、「ゆら」。そう決めたのは、他でもない白雛だった。
思えばこれも『名付け』だ。肉体の安定しない精霊種を物質界にとどめる楔のようなもの。あるいは、存在を縛る枷のようなもの。
ぼくの頰に触れる手が艶かしい。情事のようなその手つきに意味はないのだと知ったのはいつか、呼吸をするように、自然にそれを理解したことはよく覚えている。
白雛はどうにも『誰か』を理解できずにいたそうだ。胸を満たす何かをいつも探して、ぼくや、ほかの『お友達』のからだをまさぐるように触れていた。
ぼくの唇と触れ合っていたそれが、ぼくの愛称を呼ぶ。「ゆら」と。それだけでぼくは何かに負けてしまったような気持ちになる。あぁ、心を動かされているのだ、得体のしれない何かに。あるいは、白雛のこの声に。
「ひな、『なまえ』、呼んで」
「甘えたですね、ゆらちゃん」
「ちょっと、そうじゃないでしょ」
そうじゃない。そうじゃないのだ。ああそれでも茶化すのは、この男がぼくの名前を握っているのだという確認。ぼくも白雛の『名前』を知っているのに、どうしてだかこの子には勝てる気がしないのだと思わせられる瞬間。
「『愛持たぬ姫』とか、よく言ったもんだね。魔王には感服しちゃう」
「心が冷めているわけではありませんよ。『硝子の心』と称されるほど、人間にほど近い心を持っているわけでもありませんが」
きっと心すらも、名前に縛られているのだ。白雛が感じることができないというだけの心の動き。
愛で満たされること、それは支配を受けることに他ならない。それなら、愛で満たされない白雛はきっと、誰で満たされることもない。
「白雛、寂しい?」
「いいえ、私にはお友達がいますからね」
「そうだね、たくさん友達はいるね」
けどそれって、誰にも恋を捧げることはできないってことでしょう。寂しいね、寂しいな。
ねえ、ゼカリア。ぼくにもっと力があったなら、ぼくはきみに名前をあげるよ。『愛歌う姫』って、もっともらしい嘘を世界についてあげるよ。
ああけどそれでも、やっぱり『愛持たぬ姫』であったとしても、白雛はぼくの、世界で一番知らない、一番の友達だ。