『好き勝手心中』

 空が湿っていた。泣いていたというには不適当で微笑むこともまた無い。六月の空ってのは存外綺麗なもんだと、宙に浮きながら思った。
 二階の渡り廊下の下は、湿った空には似つかわしくない赤い光が灯っていた。

 例えば死ぬなら、例えば死ぬならなにがいいって。晴れた日に死にたいとか、苦しまず死にたいとか、あるいは死体が綺麗な方がいいって高岡は言った。おれはそれに頷けなかった。結局のところおれは高岡を監禁しているわけだし、結局のところおれは高岡を殺しているわけだし、結局のところおれは、それで喜びなんか感じちゃったりして。
 ヘンタイってイマジナリーな高岡が笑うけど、本物のいつだって白い天井を見上げては視線だけをおれによこして笑っていた。
「わかるよ、柊。おまえ、僕のことすきだものな」
 一度たりとも読まれていない本が開いた窓に揺れていた。一片の詩。まるで理解できない教科書と同じ、まるで理解できない熱量の少女漫画。
 高岡はおれの手から食事をとる。高岡はおれの声で本を読む。
「僕、柊の声で読む本がすき」
「ばか、おれは」
「ああ、一生恨んでやる。二階で死ねるバカがどこにいるよ」
 けどおまえは打ち所が悪かったからこんなんなんじゃん。なんて、口に出すことは到底できないまま。こんなになって、おれは冗談も言えなくなってしまった。高岡におれはなにも言えない。ただこいつの口から呟かれる、すきだという言葉に後ろめたい気持ちになって、それからおれは高岡の恨みを愛の告白としてうけとった。

「恋泥棒って言うだろ、そういうやつ。僕は終身刑、おまえの恋を奪ったから」
 高岡は笑う。ばか、知ってんじゃねえよ、くそ、すきだ。

高岡を車椅子に乗せていた。病院の屋上は立ち入り禁止だった。これを乗り越えるすべを高岡は持たないし、これを乗り越える度胸をおれは持たないままだった。

『好き勝手心中』
(高岡と柊 / 自殺に失敗した話 / 即興小説)