00 ; One day

 無毒の花にはない豊かな色彩を持った毒の花々は、違う色を持つ植物とはともに育たない。観賞用として愛される鮮やかな色彩はどれもそんな死の危険を孕んだ花々だった。
 一度きり、たった一度きり、見たことがある。御伽噺に描かれた、存在しないはずの、――毒の花畑を。

00 ; One day

 赤、赤、赤。赤色だ。
 ぬるついた液体が色とりどりの花々を一色に染め上げていた。父さんの腕の中にだれかがいた。父さんは腕を離さない。
 大きな獣、大きな銀色狼。理不尽なほど暴力的に襲い掛かってくる毒の花畑の色彩が、銀色狼のギラついた毛肌を、極彩色を、映し出しては消えて、また違う色を映し出す。父さんの背を引き裂いた鉤爪と、あたりの花々だけが赤く、赤く、赤く、赤く染まっていた。
「大丈夫、」
 父さんの声がする。聞き慣れた優しい声だった。それは誰にかけた言葉か。なにが大丈夫かなんて俺にはひとつもわからない。
 肌を裂く音がする。
 滴る血の音がする。
 肉の焼ける匂いがする。
 極彩色を映し七色に輝く、絶望的なまでに美しい銀色の狼が、おれのとうさんをぐちゃぐちゃにしている。

 腰が抜けてうごけないままでいる俺のからだを抱きかかえたイルが走りだしていた。一直線に、その花畑の、その森の出口へ走っていた。
 わからない、わからないことだらけだ、わからないままだ。
 年の離れた友達たちが、父さんのことをひどく愛していることを知っていた。愛する者は守らなければならない、守りたくなるものだと、しきりに言っていたじゃないか。だのにどうして父さんを置いて逃げるのか。
 わからない、わからない、わからない。
「ねえ、父さんがまだあそこにいる」
「ごめん、アーサー、」
「ねえ、父さんがまだあそこにいるんだ。助けて、」
 俺を抱く腕が強くからだをしめつけた。イルがなんで謝るのか理解できずにいた。わからずにいた。
「アカちゃん、ごめんね、ごめん」
 花畑の方を振り返ってももう父さんの姿は見えない。
 それでもどうにかしてほしくてレンのほうへ振り向くと、やっぱり返ってくるのは謝罪の言葉だった。

 遠のく極彩色の花畑に腕を伸ばした。俺の小さい手じゃ届くわけもない。五年も前の話だ。